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「お父さんに伝えたいこと」を電話で伝える前に振り返った

今週のお題「お父さん」について書こうと思います。

 

私の父親は福島県の県職員で、公務員をしていました。 

 

福島空港の立ち上げをしたり、橋や道路を作ったりと大変立派な父なのですが、反抗期だった自分は父の生き方が大嫌いでした。

 

しかし、年月を経て、父親の生き方に実はヒントがあることが分かりました。

 

そのため、あることを思って、先日電話する前までのお話です。

 

 

父親はコツコツ真面目型・・・その生き方がつまらなかった子ども時代

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父の生き方が好きではなかった子ども時代

父親は物心ついた時から、とても真面目でした。

 

テレビはNHKやニュースを優先的に見ていました。

 

お笑い番組はほとんど見ません。

 

 

平日は朝早くから仕事。帰ってくるのも深夜。

 

休日はいつもお昼まで寝ていて、決まってパンを食べました。

 

土曜日の夜は小学校の体育館でバレーボール。

 

夜食はまぐろの刺身とビール。

 

すべて習慣化されていました。

 

 

そのため、若い頃の私は、「人生何が楽しいんだろう?」と思っていました。

 

すべてコツコツ型。

 

来週もこの予定でしょ、と飽き飽きしていました。

 

 

先日のブログにも書きましたが、習慣化が得意、さらに、コツコツ型のため、500円貯金で母に新車をプレゼントしたほどです。

www.49good.net

 

そんな父親が、摩訶摩訶というゲームにハマった時があって、彼にもゲームをするような楽しい一面があるんだなぁと思ったりもしましたが、

 

摩訶摩訶というゲームもまた、コツコツ型のゲームでした。

 

冒険心の強かった私にとっては、変化のない生活をしていたその生き方にあまり尊敬の心を持てませんでした。

 

一方、父は、コツコツと着実にキャリアも積み上げていきました。

不登校(反抗期)の時に、父親が言っていた言葉は私向けじゃないと気づく

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父は良い高校に行きなさいと小さい頃から言っていた

父親は、私が小さい頃に、何度か

 

「高校は成績の良い高校が良いよ。

 

頭の良い子が来ると同じレベルくらいの子が集まって、その次元で話ができる。

 

その理由から、大学も良い大学が良い。楽しいよ。」

 

と言っていたのでした。

 

しかし、私はそうは思えませんでした。

 

「人はレベルとかで分けられるものではない。」

 と思っていたからです。

 

現に、学校の試験の点数が良い子達だけが集まった進学校よりも、

様々な環境で育って集まっていた中学校の友達といる方が楽しかったです。

 

父の考え方は私には合わない。

 

それが決定的になったのが反抗期と不登校が重なった高校生の時でした。

 

父親への反抗心から、冒険のある人生を選んだ

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冒険のある人生を。人生の自由を体験したかった。

 

変化のある生活をしたい

 

そう思って、18際の時、福島県から首都圏である横浜の大学に行きました。

 

20歳の時、普通に就職するのは嫌で、カナダに留学に行きました。

 

 

帰国後、みんな就職活動をしていましたが、私はセミナーや行政の起業家支援の場に出向いていました。

 

それらはすべて、 

父親の生き方への大きな反抗心だったのだと思います。

 

公務員で、お見合い結婚をし、コツコツ真面目に冒険をせずに生きていた父の姿を見て、真逆の方向に突き進んで生きました。

 

そんな私が、人生の荒波に巻き込まれて行き、ついにはすべての自信と冒険心を失って行きました。

 

そして、最近やっと、大切なことを気づきました。

 

父親は、実は私が不登校になった高校生の時に、実は大変な出来事に出会っていたのです。

 

だから、「習慣化、さらにコツコツと」に意識が向いたのでした。

 

その大変な出来事とは?

 

明日、更新させていただきます。